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幼少の砌 2

物心ついたときから食べ物の好き嫌いが激しかった。
パン類で食べれるものは、チョコレートパンかメロンパン、ジャムパン、クリームパンぐらいでサンドイッチは食べれなかったし、牛乳など乳製品もダメ。肉類が食べれない。食べれる物でも料理の仕方によって食べれないものもたくさんあった。

例えば、すき焼きをしても食べれる食材は豆腐、野菜、麩、糸コンニャク・・・肉なんかとんでもない。 麩ばっかり食べるので姉からは「お前は鯉か?」  とよく言われたし、カレーでも肉をよけるので姉が横から肉を取りながら「コイツは美味しいモンは何一つよ〜食べれんねんなぁ」 と嫌味を言われ続けた。

野菜と魚類では嫌いなものはないので 「肉ばっかり食べるよりはエエけど・・・」と祖母からは言われていたが、たまの日曜日に家族で外食に出かけたら食べたいものがない・・・と言うよりは食べれるものがなかった。
姉は洋食系が好きで、外食となればグラタンやハンバーグ、ステーキ類を食べたがる。
俺はと言うと・・・麺類か丼物ぐらいしかない。
「そんなん家で食べれるやん! お前と来たら食べたいモンも食べられへんからオモロないわ」 と姉。
「お姉ちゃんやねんから我慢したれ!」 とオヤジの鶴の一声でブスゥ〜〜とふくれっ面した姉の姿を見て、幼な心によく卑屈になったものだった。

しかし食べ物の好き嫌いは激しかったが虚弱体質でもなく、体つきはガリガリだったが風邪一つ引くわけでもなかった。
運動はセンスがないわけではないが、一番の苦手は走ることだった。とにかく遅い。
幼稚園の2年間と小学校6年間で、運動会の徒競走で6人走って5位が最高。
食べ物の好き嫌いが多く、走らせたら遅い、恐がりで気が弱くアカンタレだったが、やる事なす事が良くも悪くも目立つ存在。それが俺の幼稚園時代だった。

幼少の砌

勝気でイケイケの祖母に育てられガキ大将になったのかと言えば全然そんな事はなく、基本的にはアカンたれ。
だけど回り近所には歳下しかいなかったので、兄貴分みたいな感じで歳下を束ねて遊んでいた。無理やり通わされるようになった古武術道場もたった2回で辞めた。

幼稚園に通う事になり、実家からは近いが、祖父母の家で生活しているからかなり遠い幼稚園だった。
当然、周りは知らない奴ばっかりで入園して1週間ほどは心細い幼稚園生活だったように思うが、この頃から性格が変貌してゆく。
知らない奴ばっかりの中で友達を作るには、自分から何かアクションを起こしていかないといけない。何か気を引くために自然と出た事はオモロイ言動をとる事。
性格が変貌したと言うより、元々あった素養が、周りの環境に触れて出てきたとも言える。

本来、恥ずかしがり屋で引っ込み思案だったのが、先生の話にチャチャは入れるわ、スクールバスの中では上級生も居るのに我が物顔でおどけるわ、昨夜テレビで見たことをネタにギャクかますわ・・・この頃から、他人をいじくり回してネタにするというスベも身につけた。 “ オモロイ奴 ” とクラスでは人気者になった。

幼稚園の年少から小学校の6年間、担任の先生からはいつも同じ事を言われていた。
「みんなを笑わせて陽気で楽しい子だが、落ち着きがない」
“ 三つ子の魂 百まで ” と言うが、この性格はいまだに引きずって、今でも俺の代名詞になっている (^^♪
この性格のお陰で、いじめられるという事はなかった。
ダウンタウンの松っちゃんも 「俺は小さい頃はいじめられっ子だったが、いじめられないようにするには何かオモロイ事をしないといけない。と言う思いがこんな俺にした」 と言っていたが、まさにそれを肌で感じて実践していた事になる。
アカンタレだった俺が、幼稚園に入ってから変わっていく様子を特に祖母は嬉しく思っていたらしい。


姉と俺

祖母とオヤジの性格は似ている。
気が強く何事にも白黒ハッキリつけないと嫌なタイプで、その性格は俺ではなく姉が色濃く受け継いでいる。
姉はまさしく  “チンコロ姉ちゃん”  祖母、オヤジ、姉の3人が揃うと向かうところ敵なし、3人が通った後はペンペン草も生えないという感じだ。
よくオフクロや親戚からも「アンタと姉ちゃんと性格入れ変わっとったら良かったのに・・・」と言われたものだ。

店の忙しい事もあって、俺は小学2年生までは祖父母の家で育ったが、勝気でシャキシャキしている祖母にはマジで鍛えられた・・・。
公園で遊んでいて、上級生にでもイジメられて泣いて帰ってこようものなら、顔色を変えて 「もういっぺん行ってヤリ返して来い! 勝つまで帰ってくるな!」 と、首根っこをつかんで家をほっぽり出された(ーー゛) 、口答えしようものならヘロヘロになるまで説教された・・・。

あまりにアカンたれな俺を心配するあまり、近くの古武術の道場に無理やり通わされる事になった。
古武術って、今で言うマーシャルアーツだ。 投げアリ、突きアリ、蹴りアリ、関節技アリの総合格闘技。ガリガリで気弱な俺がそんな事出来るわけがないと泣いて訴えたが、聞く耳はなかった。 しかしこの事が後々に大きな意味を持つようになる。

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